今年もこの季節がやってきました。
季節、というよりは当たり前の年末。
Cafeふついち(=普通が一番)でも、年の締めくくりの
言葉をいわなくては。そんな、季節です。そんな日です。

この季節になると、いろいろ思い出す。
昔から冬が好きだった。
冬のどこか切ない雰囲気と匂いが好きで。
制服を着ていたころはマフラーとカーディガンで
おしゃれをするのが楽しみで
この時期になると毎年マフラーに顔をうずめる自分や
カーディガンの袖で手をあたためる自分を思い出すんだ。
そして、あぁ、今年はどのマフラーをつけようかな、
何色のカーディガンを着ようかな、なんて悩むのが
楽しい。
そんな想いに足して、2005年の冬
以来、また思い出すことが増えた。
人間の記憶や嗅覚とはすごいもので、この季節に
なると、この季節の匂いで、折り紙がしたくなる、
あみものがしたくなる、すごく、不思議だ。
2005年の冬、高校2年生の時に学校を休むこと
が多くなり、今日はいこうかな、いきたくないな、
今日は行かなかったな。そんな想いをめぐらせ
ながら、家で一人、おばあちゃんが買ってくれた
折り紙で鶴やら箱やらを折っていた。
だから今、この季節になるとそういうことをしたくなる
のだろう、と母に尋ねるとそういわれた。母に尋ねな
がらも、私もきっとそうだろうと思っていた。
したくなる、というよりは、からだが気持ちがそうしてしまうのだ。
先日のCHRISTMAS CARDのお星様はいつも飾られています。
あれは、当時におばあちゃんちで作った、お星様。
勉強する気も、なぁんにもやる気がおきなくて、
折り紙をずっと折っていた。
母がどこかへいくっていうから、その間
おばあちゃんちで待ってたんだっけ。
「折り紙楽しい」。そう思って、唯一見つけられた
「楽しいこと」に喜ぶわたしに、母やおばあちゃんも
それからいくつも折り紙を買ってきてくれるようになった。
あのお星様はかれこれ2年もいることになるんだなぁ。
思えばこのころから、私はとっても大切にされていた。
やる気のない私に、折り紙を買ってきてくれる家族。
嬉しいけれど、お金もかかるし、私の一番
求めているものではなくて、このころは複雑だった。
やる気のでない鬱のわたし。
それを埋めようと、物ばかり買ってきてくれる母。
でもそれは私の求めているものではなかった。
それも母はわかっていた。
でも、母はそうすることしかできなかった。
そうすることしかできないと、わたしもわかっていた。
2年経った今、母は驚くほど私を理解して
いて、私以上に私のことを解っている。
私は今でも抵抗がある「ひきこもり」の本も、講演会も、
母は全部自分ひとりで読んで、聞いて、
本なんて読んでどうするんだ、講演会なんていってどうするんだ、
と思ってたけれど、その効果は絶大なるものだった。
わたしは張本人であるから気がつかなかったけど、
病気でない人はなにかで情報を得ないと、この病気は
こんな気持ちになる、こんな症状がでるとかが
わかんないんですよね、よく考えてみると。
私は本人だからわかるし、なにやってるんだろうと思ってたけど。
でも母の努力は母だけのためではなく、私のためにもなってるのだ。
例えば私がこんな気持ちになるんだ、と説明すると、
「そうだよ、うつ病の人はそうなるらしいよ」と母が言う。
私ってうつ病に近いんだというショックを覚えながらも、
「あぁ、勘違いじゃないんだ、私だけじゃないんだ」という安心も覚える。
そういうことが2年の間にいくつもいくつもあって、
母はついに私を超えてしまった。
私以上に私のことをわかり、知り、見ている。
母だけではない、わたしは本当にいろんな人に
大切にされているなぁ、愛されているなぁと、実感するんです。
もったいないくらい恵まれて、大事にされて、
だから自分を大切にしなきゃ、もっと生きなきゃ、って思うんです。

私、このCafeを開いてよかった、日記を始めてよかった、って
本当に最近思うんです。「生きた証」を残したいなんて
初めは言っていましたが、本当にそうなんです。
人を勇気付けるどころか、わたしがいつもパワーを
もらってばかりなんだけど、それを、残す場所が
あってよかったって最近おもうんです。
横のプロフィール、たまーにちょくちょく
増えていたのはお気づきでしたか?
この日記を始めたころは、途中に「一日一日を、精一杯
生きてる」みたいな文があって、「未来を信じ、今を生きる」
で終わっていたような気がします。
これを書いたときに、「未来を信じる」ってさらっと言うと
安っぽく聞こえるけど、本っっっ気で思ってたんですね。
未来を信じるって、できるようでできないと思うんです。
でもこのころはその真意を理解したつもりで、ほんとに
未来を信じ始めたっていうころだった。それまでは未来
を信じることがなんなのかもわからなかった。
そして、本気で一日一日精一杯生きていました。
でも、一日一日を精一杯生きていたんじゃなくて、
正しくは、一日を生き抜くだけで精一杯だったんです。
できることならあしたにでも亡くなりたい、
生きるだけで精一杯、ほんとうにそうだった。
くるしくてくるしくて、たまらなかった。
今読み返せば綺麗事のかたまりだけど、
このころは本気で、ぎりぎりの気持ちで書いたことだらけだった。
そしてこれを書いたときに、思ったこと。
「この気持ちを忘れる時が、いつか、くるのかな?
忘れたことさえ忘れてしまうのかな?
忘れてしまうかもしれないから書いておこう、
でも書いておいたとしても、見て思い出せな
かったら悲しいな」
予感は当たった。
これを書いてから今までの間、何度かあった。
「わたしって、こんなにひどかったんだ。
こんなに思いつめてたんだ、こんなに追い込まれてたんだ」
と思ったことが。
プロフィールを読んで、そのときの気持ちを思い出すことはできるよ。
でも、その時の気持ちになれっていうのは、難しかった。
人間、慣れっていうものがあるし、「今よりつらくなくなったら、
いろんな事忘れちゃうんだろうな」って覚悟はしてたよ。
でも良くなるに連れて忘れていく自分が少し悲しかった。
人間誰しもそうだから、しょうがないかもしれない。
そのときの気持ちに自分をもっていくのは難しいよね。
だから、ここという場所を大切にするよ、ここに生きた証を残すよ。

そして、最後にもう1つ。
私はもやになって、もやになる前より、ずっとずっと
強くなった。大人になった、と思う。
でも、むしろもやになる前が子供過ぎて弱すぎたんだなとも思う。
私がもやになってからテレビで見る人たちって、
みーんな強いなーと思うの。
もやになる前と、全然見方が違う。変わった。
そして、私と同年代なのにしっかりしてる子を見ると、
わたしはこんな風になってやっとここまで強くなれた
と思ってたのに、どうしてこの子はこんなにしっかり
しているんだろう、強いのだろう、と自分の弱さを思い知らされる。
同時に、この子はうつ病になったり、いじめられたり、
病気と闘ったり、主観ではすごい闘いをしたようには
見えない。でも、どうしてこんなに強いのだろう。つらい
経験をしないと強くなれない私に比べて、どうして世の
中にはなにもしなくても強いひとや頭のいいひとが
いるのだろう、と悲しく、いや違う、悔しくもなる。
そして、精神的にはつよくなったけれど、
精神的に社会面では私は弱くなったなぁと思った。
例えば前はアルバイトなんてできていたけれど、
今働けといわれたらできない。人に怒られて
耐えうる自信がない。
わたしはいつになったら社会復帰できるのだろう、と不安になった。
こんなふうに、不安はつのるばかりなんです。
不安だらけの毎日なんです。
でもね、考えてみて。
2年前、家にこもって体力のなくなった私。
一日たったの数時間出かけただけで、
帰ってきてすぐにお布団にばたんきゅー。
疲れて疲れて疲れてご飯を食べている途中に眠くなって寝て、
回復するのに2日はかかる。
人ごみを歩くだけで精神的にも肉体的にもすぐに疲れていた。
体力って言うのは物理的なもので、今そのときに
はぁはぁ言って体力がなくて疲れ切っているのに、
「今に体力つくよ」と言われても全然説得力がないのだ。
だからしんどくてしんどくて、このままでどうしよう?
こんな体力がないままで学校に行ける日はくるの?
心配でたまらなかった。
だけど、月に1回くらい出かける私が、多くて週1回に
なって、精神的にも体力的にも絶対に一生無理だと
思っていた旅行にも行けて。
今は何で行けないと思っていたのか不思議なくらい。
でももやになった当初に母は気晴らしのつもりで言った
「ディズニーランドへいこう」の一言がわたしにとっては
「なにをさせるんだ、できるわけないだろう」と、怒りと
現実への悲しみを感じたのは確かだった。
それからパパと映画も行くようになって、人ごみだらけ
のバーゲンにも行けて、アトピが治るまで無理だと思っ
ていた真昼の海にも姉と行けて、それからまた3ヶ月
くらい出ないときもあったけれど、また夜に出かけること
から始めて、3ヶ月に1回だった本屋さんも今では1ヶ月に
1回、多くて2、3回は行くペースで、週に1回のヨガも今の
ところ3回連続行けたじゃないか。もやになりたての頃、
だいっきらいだったヨガ。訪問ヨガもあるよ、と母に言わ
れたが、人に会うのも、人がうちにくるのも、ヨガをする
のも、すべてがいやだった。
そんな私が、今、人に会ってならいごとをしている。
奇跡に近いよ、奇跡のようだ、と言いたいよ。
でもきっとちがうんだ。2年間、わたしが
生きた努力で得た成果なのだと、私は信じたい。
体力も、ならいごとも、バーゲンも、旅行もそう。
「行きたくないよ」から「行きたいけど行きたくない」に、
「行きたいけどまだ行けない」に、「行きたい、行けるようになるよね」
そして、行けた。
願えば、叶う。
それは願うから叶うのではないんだ。
願いごとを叶えるために、人は動くから、努力するから、叶うんだ。
多かれ少なかれ速かれ遅かれ、動くから。
足が動くのはもちろん、希望と言う名の気持ちが動くんだ。

ヨガは身体にいいんだ。
わかっていたけれど、やりたくなかった。
訪問ヨガも、訪問カウンセリングもいやだった。
でも、今ならいいかなって思う。
いいかなって思ったときにやればいいんだよ。
いやなときにやろうとしても、もやになるだけ。
人が勧めているからって、外出しない自分に
合っているシステムだからって、自分が好きに
なれないと続かない。
それに、訪問してくれることで、私がそれに慣れて
外出がもっとできなくなったどうしようという不安もあった。
でも今はそういう不安もなくなった。
訪問ヨガや訪問カウンセリングもいいかなと思ったのは、
単に柔軟性が生まれたのともう1つ、「それに慣れて
外出できなくなるかもしれない」という不安がなくなったから。
だから最近、お買い物や本屋もがっつかなくなった。
きっとそれは、「またこれるから」という自信がどこかに
あるからなんじゃないかと、思う。
そしてその自信を感じれる自分が、嬉しかったりする。
体力も、出かけるのを重ねるたびに戻っていった。
だから、大丈夫。
自分が思っているよりも人間は弱いけど、
自分が思っているよりも、人間は強いんだ。
今心配していることも、「今」心配なんだから、
焦るなとも心配するなとも言わないよ。
でもね、ほんとうにきっと心配いらないんだ。
不安なことほど、しっかり成長してるんだ。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、大丈夫。
ちゃんと進んでるし、ちゃんと成長してる。

昔、いろんな言葉を集めている時に、こんな言葉があった。

「人生はらせん階段のようなものだ。ぐるぐるまわって
いるだけのようで、ちゃんとのぼっていっている。」

うまいこというなぁ、と思った。
でも今は、その通りだなぁ、と思う。
自分が思っているより時間はかかるかもしれない、いや、かかると思う。
でも、道は着実に開かれていて、
じゃりじゃり道で横にしか歩けていないように見えて、
前にもきっちり進んでいるんだよね。

こんな気持ちになれるまで、こんな風に思えるまで
2年、少なくとも1年かかりました。
以前、こんな病気は、こんなつらいことは2度と
ないんじゃないかっていうくらいだって言った気がします。
まだ18だし実際はどうかわからないけど、人生で3本
の指にははいるんじゃないかなとも言ったと思います。
でももしかしたら、これよりもっとしんどいことが残り2つ
どころか3つも4つもあったらどうしようって思います。
でももしかしたらそれは、今のこの病気のつらい気持ちを
忘れちゃって、普通に慣れちゃったから、ちょっとしたこと
でもつらいと思っちゃうんじゃないの?とも、考えられます。
だからさっき言ったように、ここにこうやって
ずっと私の生きた証を残していきます。忘れないために。
ほんとうにつらかったことは忘れないだろうけど、ここの
文を読み返すことで、思い出す気持ちもあると思うんです。
だから、ずっとずっと残していくよ。


あの日、
トンネルの向こうの光が見えなかった、ずっとずっと見えなかった私。
今はね、ううん、今よりも少し前から、
見え始めているよ。どんな光なのかはまだわからないし、
光かどうかなのかも実はわからない。光で合っているのかどうか。
でも、ゴールも足元も天井も見えない、真っ暗なトンネルは終わったよ、
なにかが、見え始めているよ。
そしてそれは、わたしひとりの努力の成果じゃないんだ。
むしろ私はあまり努力していない。
サボってばかりだった。
周りの人の努力、周りの人の支え、愛情。
そしてそうやって周りの人に感謝できる私を
つくってくれたのもまた、周りのみんな、あなたです。
もし私に「頑張ったね」と言ってくれる人がいるのなら、
頑張れたのはあなたのおかげです、あなたがいたからです。
楽しい、嬉しい、って感じられるって幸せだと思う。
これをしたい、あれをしたいって欲が出ることって幸せなことだと思う。
きれいだ、かわいい、美しい、そんな風に思える自分を美しいと思おう。
こんな気持ちをくれてありがとう、こんな気持ちにさせてくれてありがとう。
ありがとう、は魔法の言葉だよ。
ありがとう、ありがとう、ほんとうに、ありがとう。
私は生まれてきてよかった。
生まれてきて生きることの難しさ、生きる勇気、を知ってよかった。
生きる喜びとはこういうことなのかと、生きることを喜ぶ、
生きることに喜びを感じるんだよ。
そしてこんな魅力たっぷりの充実たっぷりの2007年という年をありがとう。
来年も、あなたに笑顔いっぱいの暮らしが注がれますように。
最高に幸せになれることに越したことはない、
だけれど来年も、ただ普通に健康に暮らせると、いいな。
つらいことがあってもいい、泣いてもいい、その分成長できるもんね。
ただ、あなたにとって意義のある一年になると、いいな。
生きることを素晴らしいと思える、2008年もそんな一年になると、いいな。
良いお年を―――。

テーマ : 詩&想い
ジャンル : 心と身体

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Rena(りな)

Author:Rena(りな)


りなのCafe・ふついちに
いらっしゃいませ。
どうぞおくつろぎくださいまし。

もや子の日常
アトピの日常
想ったこと、感じたこと、話したいこと…
ありのままを、恥ずかしいけれど
照れ臭いけれど、綴っていくんだ。
私がつづってゆくことで、誰かの役にたてたり、誰かの心になにか響かせることができたらいいな。
そして、まだまだ子供なあたしが、一緒に成長できていけたらいいな。
いろんな人に出会って・・・。

マイナス思考。ぐちも吐く。弱音も吐く。
言い訳もする。
考え事ばっかりしてるのに
成果が出なかった。
力のコントロールが
じょうずに出来なかった。
要領が悪い。不器用なんだ。
一日という短くて長い時間を
生き抜くだけで精一杯だったよ。
大きな変化はないけれど
きっと徐々に進化しているのだ。
だから、そのまま。
自分らしく、あたしらしく。生きる。
それが結構むずかしいのだけれど。
いま、じぶんが、できることをする。
楽しく生きる。
今を楽しく生きなきゃ
未来もきっと楽しくない!
時には人に頼って、
支えてもらって、
背中を押してもらって。
希望がみえるトコロまで走り続け、
近い未来も遠い未来も信じて。
自分を信じてくれる人を信じて。
人に信じてもらえる自分を信じて。

無理しない。
あきらめない。
頑張り過ぎない。
ふつうでいい。
文句言う前に薬飲みぃ。
とりあえず死ぬな。
何があっても
生きることだけはやめるな。
時に強くなれ。
時に弱くなれ。
それがきっと人間。
それがありのままの
あたし。

息ぎれ?がんばった証拠じゃないか。
でも頑張らなくていい。
「前を向く」だけでいいじゃないか。
いつか一瞬のうちに消えてしまうしゃぼん玉すら、キレイで美しい。
長い年月をかけて積み上げた積み木の塔は、どれかが欠けては成らない。
矛盾は許せなかったのに
矛盾だらけの人生だ。
もやもやもやもや
ぐだぐだぐだぐだ
落ちるとこまでとことん落ちれ!
落ちたらあとは、あがるだけだ。
しゃがんだあとは、ジャンプだ!

そんなりなを応援してくれている人、
ありがとう。
「感」と「心」と「気」をもって接してくれる人、
ありがとう。
毎日遊びに来てくれている人、
ありがとう。
言葉をくれる人、ありがとう。
いつも見守ってくださってありがとう。
わたしをやさしく見守ってくれる
あなたを、おんなじきもちで
見守っていたい。
その1つ1つの言葉が、モーションが、気持ちが、嬉しい。
出会ってくれた全ての人に、
ありがとう。
愛。気持ち。感謝。、伝えたいよ。
出会いは大切。
フィーリング。ハート。
相手の気持ちを大切にしよう。自分の気持ちも大切にしよう。

私は言葉のチカラを信じている。
ときに折れそうになったこれまでも、これからも。
伝えることを続けたい。
聴くことをやめたくない。
忘れたくない。
伝えるということを。
こころをもってつなげれば、
伝わるんだということを。
広くて狭い世界の中で
この狭くて広いネットの1ページを、
わたしは、信じてる。
だからわたしはここにいて、
発信しつづけるんだ。

ぽわ~ん ぽわ~ん
ぽわわわわわわ~ん

受け入れてくれてありがとう。
大きな愛で包んでくれてありがとう。
どっかん愛してる。
今日も明日もあさっても、ずっとずっとあいしてる。

「自分らしさ」なんてむずかしく考えないで、
そのままで、わたしらしく、生きていけばいい。
間違えても、またスタート地点につけばいい。戻ればいい。
捨ててしまったなら拾えばいい。
見つかるまで探せばいい。
暗中模索も無駄じゃない。
すべてなくなっても、自分がいる限り、人生は終わらない。
むしろすべてなくなったほうが、純粋でまっさらできれいってこと、知ってた?
嬉しさも悲しみも無限の人生は、果てしなく
どこまでも続いているのならば、わたしは
「行けるとこ」まで、なんて決めずに、
どこまでも行きたい。生きてみたいのだ。
どこまでだって行ける。何者にでもなれる!

信じなくっちゃ、立ち上がらなくっちゃ、始まらない!
外に出たら、上を見上げてみてください。
そこには空がある。光がある。
だから私は、今日も、生きている。




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