おじいちゃん、

自分がどうしたいかわからなくなってきた
私は甘やかされすぎたのかなとか
こんな風に育てられたらもっとしっかりしたかなとか
全部ひとのせいにしている
周りのひとが、私を責めないでいてくれて、
自分たちのせいにしてくれた。
だからこういう気持ちになってしまった。
きっとこれも人のせいにしている。
みんなやさしかった
みんな、私をまもってくれていたんだ
自分が思っていたよりずっと、周りのひとは
我慢していたんだな、尽くしてくれていたんだな
わたしよりずっと大人なんだな

芯がない ぶれやすい
曖昧 目的が明確じゃない
人のせいにしてばかり 人任せ
どうして人に訊くの?まずは自分で決めなきゃ
おまえには無理 全部人にやってもらってばかり
自分のことしかしていない
自分で自分のこともできない
本音で向き合っていけばいくほど たくさん
本当のことを言われた。自分では本当のことかどうか
認識できないくらい、ショッキングな言葉たちだった。
悲しい話をしていないのに、どうして涙が出るのかな
すぐ泣くことも言われた。泣くことは自由だと思っていた。
そういう返しも生意気だと思った。
誰のために生きているんだろう。
わたしはなにをしたいんだろう。
強がらなくていい 見栄を張らなくていいとわかったけれど
強くなりたい こころがかっこよくなりたい。
自分で 決められない。
後悔するのがこわいから?
自分で決めたら人のせいにできないから?
傷つくのがこわいから?自分の考えを
責められたり否定されるのがこわいから?
孤独は耐えられるけれど見放されるのはきつい
応援してほしいひとに応援してもらえないのはつらい
じゃあ応援してもらうために、自分の気持ちを変えるの?

おじいちゃんが死んで4年経つのに、最近やっと
本当におじいちゃんは死んだんだと感じた。
もうかえってこない、この世にいない、会えないのだと。
おじいちゃんの死を知ったのは寝ているときだった。
また起きれずもやで富山の病院に行けず、
薬を取りに行ったママからの電話で知った。
しぇるたに潜っていた私は、おじいちゃんが死と生の間を
さまよっていたときも何もしていなくて、情けなかった。
私が何もしなかった今日が、あの人が生きたかった明日なのだ。
何もしてあげられなかったことを後悔した。
電話しながら携帯電話の画面についた涙の跡を
消したらおじいちゃんが死んだことを忘れそうで、
消せなかった。
葬式で、普段泣かないパパと姉が泣いていてびっくりした。
姉が泣いているのを見て、私も泣かなきゃいけないと思った。
その時は言葉にして思っていないが、今思うと、
ろくにお見舞いも行かず、外にも出ないし、
おじいちゃんが生きていたこと、死んだことも実感できず、
多分いろいろ面倒くさいと思っていた。
慈しむべき気持ちは理解できたものの、
自分のことしか考えていなかったと思う。
もやこはそうなのかもしれないし、もやこを
責めるべきではないのかもしれないが、今となっては
その当時のもやこの気持ちもわからず、
どっちつかずの私である。
当時から、甘やかすのと、もやこを休ませる。
この境目が難しかった。
しかし、祖父の死を理解できない、慈しめないのも
病気のうちに入れていいのだろうか。
ただ、子供すぎたんじゃないだろうか。

死んだおじいちゃんにできなかったことをしようと、
罪滅ぼしのような気持ちで今のおばあちゃんやおじいちゃんに
会ってきた。でも今は以前よりそんな気持ちは減ったと思う。

何度消えたいと思っても、最後には生き抜けばいいと思っていた。
だけど、こんなにすべて終わってしまえばいいのにと、
不定期に思う不安定さがあっていいのだろうか。
もう全部やめちゃいたい。それは潔さでも開き直りでもなく、
ただ現実逃避しているだけ。
わたしは何をやっていたんだろう。
自分を信じて突き進めばいいけれど、それは
経験も強さも芯もあるひとだけだったのかな。
自分で自分のことができるひとだけの特権だったのかな。
自分で自分が正しいと思っていたことの愚かさを知る。
自分の考えを貫き通すことと、自分のことだけ考えることは違う
わたし、何にも変わっていなかった。むしろひどくなっている。
みんな甘えてきた私に、何も言わないでいてくれたんだね。
自分でできないよ。しなくちゃいけないよ。
おじいちゃんと話したいよ。
いやなことがあったら、逃げてもいい?
戻ってくるから、今だけいやっていっていい?
全然つよくなれていなかったよ。
自分の気持ちや考えを通せないのはなぜ?
失敗するのがこわいから?ぶれやすいから?
失敗しても、自分が納得いくまでやればいい?
でも、人の意見を聞いた方がいい?
反対されることが多かったら、やめたほうがいいって思うよね。
それは失敗がこわいからとかどうとかではなく、
昔からそうやってきたんだもの。
それもまわりのせいにしてる?
じゃあもう誰の意見もきかない。
きくかきかないかどっちかしかできない。
極端にしかできない。
同時に2つのことできない。
自分で責任持てない。人のせいばかり。

どうしてこんなんになっちゃったんだろう。
目的がないよりマシだろってすぐ人と比べる
私どうしてこんなんなのかな。
私だけおかしいのかな。
どうすれば変わるかな。根本は変わんないよね。
甘えてるね。
だって、できることならずっとここにいたいって思う。
だめだってわかりながらずっと甘えて暮らす。何言われても。
でもそれじゃだめだから、だめだから、外に出るの。
ここじゃないどこかに行くの。だけど、
もうぜんぶ、やめたくなる。
はたからみたら楽なことしかしていないのに、
どうしてこんなに縛られた気持ちになるのかな。
どうして窮屈で追われている気持ちになるのかな。
どこへいったら変われるかな。
どこにいっても変わらないかな。

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Rena(りな)

Author:Rena(りな)


りなのCafe・ふついちに
いらっしゃいませ。
どうぞおくつろぎくださいまし。

もや子の日常
アトピの日常
想ったこと、感じたこと、話したいこと…
ありのままを、恥ずかしいけれど
照れ臭いけれど、綴っていくんだ。
私がつづってゆくことで、誰かの役にたてたり、誰かの心になにか響かせることができたらいいな。
そして、まだまだ子供なあたしが、一緒に成長できていけたらいいな。
いろんな人に出会って・・・。

マイナス思考。ぐちも吐く。弱音も吐く。
言い訳もする。
考え事ばっかりしてるのに
成果が出なかった。
力のコントロールが
じょうずに出来なかった。
要領が悪い。不器用なんだ。
一日という短くて長い時間を
生き抜くだけで精一杯だったよ。
大きな変化はないけれど
きっと徐々に進化しているのだ。
だから、そのまま。
自分らしく、あたしらしく。生きる。
それが結構むずかしいのだけれど。
いま、じぶんが、できることをする。
楽しく生きる。
今を楽しく生きなきゃ
未来もきっと楽しくない!
時には人に頼って、
支えてもらって、
背中を押してもらって。
希望がみえるトコロまで走り続け、
近い未来も遠い未来も信じて。
自分を信じてくれる人を信じて。
人に信じてもらえる自分を信じて。

無理しない。
あきらめない。
頑張り過ぎない。
ふつうでいい。
文句言う前に薬飲みぃ。
とりあえず死ぬな。
何があっても
生きることだけはやめるな。
時に強くなれ。
時に弱くなれ。
それがきっと人間。
それがありのままの
あたし。

息ぎれ?がんばった証拠じゃないか。
でも頑張らなくていい。
「前を向く」だけでいいじゃないか。
いつか一瞬のうちに消えてしまうしゃぼん玉すら、キレイで美しい。
長い年月をかけて積み上げた積み木の塔は、どれかが欠けては成らない。
矛盾は許せなかったのに
矛盾だらけの人生だ。
もやもやもやもや
ぐだぐだぐだぐだ
落ちるとこまでとことん落ちれ!
落ちたらあとは、あがるだけだ。
しゃがんだあとは、ジャンプだ!

そんなりなを応援してくれている人、
ありがとう。
「感」と「心」と「気」をもって接してくれる人、
ありがとう。
毎日遊びに来てくれている人、
ありがとう。
言葉をくれる人、ありがとう。
いつも見守ってくださってありがとう。
わたしをやさしく見守ってくれる
あなたを、おんなじきもちで
見守っていたい。
その1つ1つの言葉が、モーションが、気持ちが、嬉しい。
出会ってくれた全ての人に、
ありがとう。
愛。気持ち。感謝。、伝えたいよ。
出会いは大切。
フィーリング。ハート。
相手の気持ちを大切にしよう。自分の気持ちも大切にしよう。

私は言葉のチカラを信じている。
ときに折れそうになったこれまでも、これからも。
伝えることを続けたい。
聴くことをやめたくない。
忘れたくない。
伝えるということを。
こころをもってつなげれば、
伝わるんだということを。
広くて狭い世界の中で
この狭くて広いネットの1ページを、
わたしは、信じてる。
だからわたしはここにいて、
発信しつづけるんだ。

ぽわ~ん ぽわ~ん
ぽわわわわわわ~ん

受け入れてくれてありがとう。
大きな愛で包んでくれてありがとう。
どっかん愛してる。
今日も明日もあさっても、ずっとずっとあいしてる。

「自分らしさ」なんてむずかしく考えないで、
そのままで、わたしらしく、生きていけばいい。
間違えても、またスタート地点につけばいい。戻ればいい。
捨ててしまったなら拾えばいい。
見つかるまで探せばいい。
暗中模索も無駄じゃない。
すべてなくなっても、自分がいる限り、人生は終わらない。
むしろすべてなくなったほうが、純粋でまっさらできれいってこと、知ってた?
嬉しさも悲しみも無限の人生は、果てしなく
どこまでも続いているのならば、わたしは
「行けるとこ」まで、なんて決めずに、
どこまでも行きたい。生きてみたいのだ。
どこまでだって行ける。何者にでもなれる!

信じなくっちゃ、立ち上がらなくっちゃ、始まらない!
外に出たら、上を見上げてみてください。
そこには空がある。光がある。
だから私は、今日も、生きている。




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